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第088回 フォントネーのシトー会修道院:ユッスー、40歳になる

Posted by on 2020/10/11

・オープニング

チャイ、チャイネクスト人生相談室を始める 

ユッスー、40歳の誕生日を迎える

・世界遺産のコーナー

「フォントネーのシトー会修道院」

登録区分 文化遺産
登録基準 (4)
登録年 1981年
拡張年 2007年
備考 2007年に緩衝地域が拡張された。

フォントネー修道院は1118年にクレルヴォーのベルナルドゥスによって設立され、1147年にローマ教皇エウゲニウス3世によって聖別された。教皇アレクサンデル3世は、1170年の勅書において修道院の財産を確認し、修道士たちが選挙によって修道院長を選出することも許可した。この頃に修道院では、近隣で採れる鉱物を用いた製鉄業や冶金業が発達した。

1259年にはフランス王ルイ9世があらゆる収税権を免除した。1269年には修道院は王国修道院 (l’abbaye royale) となり、ジャン2世、シャルル8世、ルイ12世らも寄進を継続した。こうした王家の保護にもかかわらず、ブルゴーニュ地方を荒らした数度の戦乱の折には略奪の憂き目にも遭った。それでも16世紀までは伸長する諸勢力から恩恵を受けつつ発展した。しかし、王家の利益となるように修道院長選挙の廃止が強制されたことで、修道院の凋落が始まった。18世紀には、修道士たちは資金的な遣り繰りに窮し、食堂を取り壊さざるを得なかった。

そしてフランス革命中の1791年には、修道院は敷地ごとクロード・ユゴーに78000フランで売却され、以降100年ほどの間、製紙工場に転用されていた。なお、1820年に所有権はモンゴルフィエ兄弟の一族であるエリー・ド・モンゴルフィエに移った。

1906年にはリヨンの銀行家で芸術愛好者だったエドゥアール・エイナールの手に渡った。彼は1911年までかつての修道院の姿を取り戻させるべく修復工事を行い、製紙工場も解体した。フォントネー修道院は現在でもエイナール家の私有物ではあるのだが、後述するように主要部分は観光客にも公開されている。

(Wikipedia)

・チャイペディアとユス袋のコーナー

「野郎ラーメンのようにラーメンがおいしくなる名称で女性の言い方はあるでしょうか?」

「最近体調が悪くて何にもしたくありません。そういう時、どうしてますか?」

・エンディングおよびメッセージ紹介のコーナー

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