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第075回 ホッローケーの伝統的集落:ユッスーのセネガル旅の報告

Posted by on 2018/11/11

12/22(土)チャマバー開催!(クリックすると詳細ページに飛びます)

・オープニング

ガーナの運動会

・世界遺産のコーナー

ホッローケーの伝統的集落

ハンガリー、文化遺産 登録年1987年

登録基準(5)

起源

ホッローケーという村の名前はハンガリー語のholló「ワタリガラス」とkő「石」を組み合わせたものである。伝説によれば有力者がこの城を建てて、隣国の美女をさらってそこに幽閉した。その乳母が悪魔に女性の救助を依頼すると、悪魔はカラスたちを使い、城の石を持ち去って助け出したといい、ここから城と村が「ホッローケー」と呼ばれるようになったのだという。異伝では魔女がカラスたちに石を運ばせ、城を作り上げた民話に由来するという。現在の村の紋章でもカラスが使われている。

ホッローケー村は、教区に関する記録を元に1342年には成立していたとされている。しかしながら、村周辺の歴史はもう少し古く、「ホッローケー」の名は、ホッローケー城に触れた1310年の文書にまで遡ることができる。

ホッローケー城

村を見下ろすサールの丘(Szár, 標高365 m)には今もホッローケー城が残っている。伝説では美女や悪魔が登場するが、実際の建造目的はそれらとは何の関係もなく、1241年から1242年にモンゴル帝国の侵攻を受けた後に、それへの備えとして建造されたものである。当時のハンガリー王ベーラ4世は防塞の建築を全土に命じ、ノーグラードの一帯だけでも42の城が建てられた。

最初は五角形の塔が建っているだけだったが、その後数世紀の間に段階的に様々な建造物が増築されていき、現在残るような城になった。この城はフス戦争の際にも宗教改革派を阻む防壁として機能していた。

1526年のモハーチの敗戦以降、ハンガリーはオスマン帝国に蚕食されていき、ホッローケー城も1552年にトルコの勢力圏内に置かれ、その支配は1683年まで続いた。ただし、ホッローケー一帯の支配において城は重視されなかったことから、トルコの支配が終わった頃にはかなり荒廃していた。

しかし、その荒廃がかえってホッローケー城を大破壊から逃れさせたのである。1711年の王令で政敵が匿われうる城塞の破壊が命じられたが、すでに防衛機能を失っていたホッローケー城は、壁などの一部が損壊させられたにとどまった。そのため、ハンガリー北部に残る城砦建築の中では、保存状態が良い部類に属しており、1966年からおよそ30年間をかけて修復作業も行われた。

伝統的集落の形成

ホッローケー村の伝統的な住民たちはパローツ人であり、モンゴルの西進の際にカスピ海沿岸部から逃れてきたクマン人の流れを汲むともされる。その伝統的集落は木造を主体としており、焼失と再建を繰り返してきた。1781年には木造を禁止する法令も出され、罰則も定められたが、木造の伝統は守られていった。

1772年には単一の通りしか存在していなかったが、後に裏通りが整備され、基本的な区画は1885年には確定した。それは今でもほとんど変わっていないが、建造物群の大半は1909年の大火で焼失してしまったため、20世紀になって再建されたものである。再建時には石壁を主体とするようになり、木造は限定的に取り入れられている。

20世紀以降

ホッローケーの村落は、20世紀のハンガリーにおいて経済的に取り残された地域となった。村の周辺には野菜畑や果樹園が広がり、かつては自給自足経済が営まれていたが、地質の悪さから伝統的に貧しく、鉄道や幹線道路の敷設地からも離れていた。1950年代以降にハンガリーが経済成長を遂げ、各地で新しい住宅が建てられたときにも、そうした流れとホッローケーはほぼ無縁だった。しかし、その結果、共産主義政権下での集団農場化にも巻き込まれることがないまま、伝統的集落が良好な状態で保存されることになり、1987年には人が住んでいる村落として初めて世界遺産に登録された。(wikipedia)

 

・ユッスーと行く!セネガルの旅!のコーナー

ユッスー母と再会する。

ユッスー畑を確認する。

ユッスーと名付けられた子との再会

 

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SAKIさん、くのすぺさん、メールありがとうございます!!

 

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