巡礼者は寝転がってサンチャゴの大聖堂を眺める

【巡礼日記 by ゆきーた】
巡礼44日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/06/27 ゆきーた

巡礼44日目
(休息日)

Santiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

いやー疲れた。ここまで長かった。
一生この生活が続くのかとも思っていた。昨日ついにサンチャゴに到着。
カテドラルが改装中?ってのもあってかそんなにものすごい喜びはなかったけど、
ミサでボタフメイロを見ていたら今までのことが思い出されて感動して涙が出た。

巡礼者は寝転がってサンチャゴの大聖堂を眺める

巡礼者は寝転がってサンチャゴの大聖堂を眺める

その後ランチを済ませて寝転がってカテドラルを眺め、「あー本当にここまで歩いてきたんだな」としみじみした。
「ここまで歩けたよー!お母さーーん!」という気持ち。
バスが使いたくて仕方なかったし、全部ちゃんと歩くつもりなんてさらさらなかったけど、なんだかんだ文句言いながらここまで徒歩で来れた。
私にしてはよく頑張ったわ。
神夫婦にも涙、涙で「ありがとうね。」と感謝された。
私は誰かに感謝されたり。褒められたくて巡礼をしていたわけじゃないけど、
神夫婦と一緒に過ごせてよかったと思った。

あんなに団体生活が嫌で逃げたくて仕方なかったけどなんとか頑張れたのは、
友達と来たんだから友達と一緒にサンチャゴに行きたいという思いがあったからだろうなぁ。
ここで私だけどっか行ってしまったら、今まで築いてきたものが崩れてしまうのではないかとか色々考えた。
そう思うとやっぱりうえちゃんのどんでん返し事件は残念でならない。
私達はうえちゃんにすごくよくしてもらってたし、キツイ事も言われなかったから
こんな最後の最後に離れてしまうとは。
これが彼女の巡礼だったのか。

明日はフィステーラに行くためにまた歩き出す。
なぜフィステーラまで歩いていくの?と聞かれることもある。
サンティアゴまで歩き、フィステーラやムシアまではバスで往復する巡礼者が多いから。
なぜ?と聞かれると自分でもよくわからないけど、フィステーラの存在を知った時に
「私もそこまで行きたい。」と思った。
たぶん、昔の巡礼者と同じことをしたいんだと思う。
昔の人がもしかしたら家に帰れないかもしれない、死ぬかもしれない、
という危険を知ってでもヤコブ様の元に行きたい、願いを叶えたいと奇跡を信じて歩いた道を同じように歩きたいんだなー。
あ、でもフィステーラまでとなるとヤコブ様の元は訪れた後になるのか。
まーそれでもいいや。
とにかくフィステーラも歩くつもりで巡礼を始めてるのは事実。
きっとフィステーラに何かあるんじゃないのかな!?
こんなに行きたいんだからさー。

夜は私達とBDさんと巡礼者が集まるレストランでディナー。
BDさんが私のカミーノへの目的、きっかけ、終えてからの感想をインタビューした。
私は今の気持ちはもう巡礼なんてしたくない気持ちでいっぱいだけど、
もしかしたら何かのきっかけで来ることになるかもしれない、と答えた。

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼41日目
@オ・ペドロウソ

2014/06/24 ロミロミ

巡礼41日目

O pedrouzo(オ・ペドロウソ)

サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着まであと二日。
ここに来て疲れを感じる。
巡礼を始めて、毎日毎日宿を変えている。
これは私のとってストレスだ。

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

いつもアルベルゲに着いたらバックパックの中身を殆ど出して、そして次の日の朝にはま全部また入れなおす。
なんだか落ち着かないなーと今更思ったり。
普通の観光旅行やリゾート地でゆっくりしたい気分。
それでも、もはや習慣というか、朝になると歩き出す。

残り数日を私はどうやって歩こうかと思った。
楽しく色んな人と会話しながら歩くのか、とにかく歩く事に集中して歩くのか・・・。
考えてみたけど答えは出なかったから、流れに身を任せることにした。

サリアからの道のりは団体の巡礼者が増えた。
身軽なバックパックでショートパンツを履いて、音楽を流しながら歩いてる。
同じ道を歩いていてもどうしてもサン・ジャンから歩いている人との温度差を感じてしまう。

今日も韓国人BDさんと歩いた。
BDさんはとにかく積極的に話しかけてるから、私もついでに色んな巡礼者の話を聞ける。
今日はパキスタン人と出会った。
彼女はムスリムだけど、このカトリックの道をただ歩きたいという理由で歩いているという。
真相はよくわからない。彼女はどうやらプエルトリコに住んでいて、以前はアメリカで医者として働いていたみたい。
プエルトリコの事、実はよく知らなかったけど彼女のアメリカに対する想いを聞いて、なんとなく理解した。
「何で日本人と韓国人が一緒に歩いているの?」
含みのある言葉だった。その後に続く話も英語だったけど言ってることは伝わってきた。
別にトゲがあるとは思わなかったけど、この場は私にとって曖昧な英語でよかったと思った。
実際は私が何かしたわけじゃないけど、責められてる気分になった。
あーやっぱり私は日本国民なんだって実感。

もし、彼女がパキスタンに住んでいたとしたらこの道に来れたのかな。
スペインの物価から考えても難しいものがあるんじゃないかと思う。
だって実際にこの道はお金がかかる。アルベルゲに泊まってバルで食事をしたらそれなりのものだ。

私の友達で毎日聖書を読む程、熱心なキリスト教の子がいる。
だけどアフリカ出身でヨーロッパに行くなどビザも簡単におりない、
おりても相当お金がかかるし、航空券なんて簡単に変えるものじゃないって言ってた。
そんな熱心なキリスト教信者がこの道を歩けずに、私みたいなのが歩いているのも変だなと思ったり。
そもそもそのアフリカ人の友達は、こんな原始的な生活をしたいなんて思わないだろうな。
近代的なものやコンピューターが大好きだから。
今日は色々考えさせられた。
なぜ私は敢えてこんな事をしているのだろう。
必要なだけの少ない荷物を背負って歩き、ひたすら山道や麦畑を歩く。
日が暮れれば寝て、明るくなれば歩き出す。
私はカミーノに来る前にこんなシンプルな生活に憧れていた。
忙しい毎日は朝日や夕日を見ることもなく、食事の時間もバラバラ。
身の回りは選ぶことも難しいくらい物で溢れて、入ってくる情報量も多い。

今はシャンプーひとつで髪も洗えば洗濯もする。
リンス使わないから長い髪もゴワゴワ。
せっかく開催されているワールドカップも満足に見る事はない。
消灯は22時にはやってくる。
それはそれでストレスもあって、疲れてくる。
私にとってどうする事が一番良いのかなぁ。
ヤコブの道だから、神とかそんなんを感じられたらいいけど、正直そんな感じでもない。
サンチャゴでどう思うのか。

今わかっている事は、この時間が終わると思うと何だか淋しい。
もちろん待ってる未来も楽しいだろう。
でも終わりが来る時は淋しい感じになるんだろうな。

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼33日目
@ベガ・デ・バルカルセ

2014/06/16 ロミロミ
巡礼33日目

Vega de valcarce(ベガ・デ・バルカルセ)

ここ数日は韓国人BDさんと一緒に歩くことが多い。
BDさんは私の親くらいの年齢。
でもすごくアクティブでいろんな国の人に話しかけている(特に女の子w)

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

英語もよく話せるし、少し日本語の単語も知っているし、本当にすごいなぁ。
英語でもたまにわからない単語が出てくると、歩いている途中で突然止まってはステッキで地面に
漢字を書いてくれたりして「あー!そういう意味か!」って理解してる。
おかげで目標の村までなかなか辿り着かなかったりして。
BDさんはきっと色んなことに興味があるんだと思う。

道で初め見かけた頃は少し話かけてもなんとなく笑顔も少ないし、
「韓国語では敬語が大切でね・・」なんて言い出すから、固いオヤジだとなぁ~思って、
ゆきーたにも「私は韓国人の友達が欲しいと思うけど、あの人とは仲良くなれそうもないね。怖そう」
なんて話してた。
でも今は固い人ってイメージは拭われて、物知りだし話してても楽しい。
一緒に歩いていても疲れることもなく居心地もいい。

アルベルゲやバルでもみんなで一緒に食事をすることが多くなった。
お隣の国だから、好みや考え方もやっぱり似ているところが沢山ある。
特に食事に関しては他のどの国の人よりも共感し合える。
一緒にスーパーのラーメンの袋を見つけては喜んで、一緒に食べてた。
それでも昨今の日韓の問題もあるから、そんな話題にもなるけど・・。
触れてもいいのかわからない話にまで発展することもある。
そういえばオスピタレロの岡本さんが「この道に来て歩き出すと、みんな裸になって話すんですよ。」
って言ってたっけ。

私達は今、本当に必要な物だけを背負って、裸になって話しているんだと思う。
だからそれなりに衝突することもあるんだけどね。
日本で過ごしてたら、コントロールできるようなことなのかもしれないけど、
みんな自分というものを出して、本音で話すことも多い。

今日ふと、サエコさんが「あと10日でサンチャゴに着くね。」と言った。
あと10日しかないのか、正直私はそう思った。
暑い中、寒い中歩くのも、水シャワーになったりすることも辛いけど、この道があと10日と思うと
さみしくて、まだ終わって欲しくはない。