巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼51日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/07/04 ロミロミ

Santiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

全行程を終えて、サンティアゴ・デ・コンポステーラに戻り、大聖堂で二度目のミサに参加した。
本当にこれで全てが終わったんだなと思った。
達成感、満足感も大きいけど、明日からは矢印のない道を歩くことのさみしさ。

この道の魅力はなんだろう・・。

巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

みんな実際に歩いているのは一本の同じ道。
だけど、みんないろんな瞬間で自分が決めた選択をしながら前に向かって道を歩いている、
時には道をそれる人もいたし、離れる人もいた。
そんな選択の積み重ねがカミーノ。一本の道になる。

ヤコブに詣でるという一つの目的を持って歩くけど、そこまでの理由もそれぞれ。
同じ道であっても、それぞれがそれぞれの道を歩いている、一つとして同じ道はない。
私は私の道を歩いたし、ゆきーたもゆきーたの道を歩いた。

目的地に向かって速く歩いていくのか、のんびり他の事をしながら歩いていくのか、
誰と歩くのかも自由。
背負う荷物の重さだって自分で決めたらいい。
私は荷物をもっと減らしたかったけど、最後までそれが出来ずにいた。
だけど、その荷物を背負って歩けるだけの身体になった。

自分に必要な物だけを選んで背負って、ただただひたすら歩いて、
出会う人々と触れあいながら目的地までいくというシンプルなもの。

こんなシンプルな事をする事の方が今は難しいのかもしれない。
またこの道をきっと懐かしく恋しく思うだろう。

今まで一緒に歩いてきたゆきーたを始め、道で会話をした巡礼者達、
日本で私を応援し、送り出してくれた方々に感謝します。

カミーノは辛くて、沢山考えたり、真っ白になったり、だけど楽しくて、きれいで、心に残る道です。

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼50日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/07/03 ロミロミ
Muxia(ムシア)→Santiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

7月2日に49日間に渡る、歩き巡礼が終わった。
サン・ジャン・ピエド・ポーからスタートした長い道のりは、フランス人の道を通り、
サンティアゴ・デ・コンポステーラで一旦踏破。
そしてまた新たな気分となり再出発、サンティアゴからフィステーラ、ムシアへと続いた。

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

私はムシアに着いてからは一気に疲れが出て、今までで一番早い時間に寝たと思う。
フィステーラからムシアまでの道のりはとにかく辛く感じた。
最終日だとわかっているのに、頑張れない、足が前に進まない。
途中で車を見かければ「乗せて欲しいよ~」と思っていた。

サリアからの道で団体のスペイン人に出会い、道の途中で踊りをしたことや、
ワイワイ騒ぎながら歩いた事など遠い昔のよう。
フィステーラからムシアの道の巡礼者は道で会ってもとにかく静かだった。
ムシアは人も少ないせいか何だか、地の果てのイメージがフィステーラよりも強く感じた。
透き通るような海もあるというのに一人も海岸に居ない。
「死の海岸」と言われるように、海に近づいてしまえば、これで最後という雰囲気すらある。
ここが生と死の堺なのかと思わせられる。
大変な道のりだったけど、ムシアまで行ってよかった。
ムシアまで行って、この巡礼が終わったという気持ちの区切りがついた気がする。

ムシアの海に雲から現れた一筋の光が、神秘的で、ゆきーたに
「マリア様が降りて来たみたいだよ。」と私は言った。

ムシアは悩むヤコブの前に聖母マリアが小舟に乗って現れたという伝説の場所。
そんな話が頭にあったからか、長い巡礼を経てそんな気分にさせられている状態だったかわからないけど、
光を見てすごく満たされた気分になった。

“ヤコブのはしご”というものだったのかな。
雲が覆われた隙間から、黒い海に向けてさす光だった。
私は別にスピリチュアルを求めて来たわけでもなかったけど、
長い道のりはそれを感じずにはいられなかった。
カミーノは不思議な道。