ポルトの街で見つけた矢印

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼55日目
@ポルト

2014/07/07 ロミロミ
Porto(ポルトガル、ポルト)

巡礼の旅を終えて、今はポルトガルに移動した。
7月5日、サンティアゴ・デ・コンポステーラの街にさようならを言って、
そこからゆきーたとも離れ離れ。それぞれの道を進んだ。
久しぶりに電車に乗ったなぁー。

ポルトの街で見つけた矢印

ポルトの街で見つけた矢印

ポルトというポルトガル第二の都市に来て、一人、カミーノを振り返る。
というか、勝手に思い出してしまう。
私はカミーノを外れ、今は巡礼者とは言わないかもしれない。
誰もブエン・カミーノ!と声をかけてはこない。
(それでもここはカミーノのポルトガル人の道という巡礼路の通過地点の街でもある。)

ホステルに泊まっているけど、今までのように門限もないし、
21時に部屋に入ったら電気が消えていたということもない。
ホステルの宿泊者は0時を過ぎても起きているし、朝だってゆっくり。
シャワーのお湯もそれなりに出る。
やっとワールドカップもテレビでゆっくり見れる。
ポルトの街は都会らしく、外で学生たちが騒いでいる。
いかにも楽しい世界。

でもなんだかボロボロの服を着た巡礼者達が懐かしくって、この日記を開いてみた。
一緒に歩いた人たちは今頃どうしているんだろうな、なんて考えている。
日記を始めから読み返した。
始めの方、なんだか青くさいなぁ~!
それがどんどん濃くなってきて、そして私達がどんどん疲れていっているのがわかる。
そうそうゆきーたは本当にいつ離れて行ってしまうんだろうと思っていたんだよね。
そのうちには私一人で収録もしなきゃいけないんじゃないかと覚悟していたんだもん。

私は5月24日、VENTOSAのアルベルゲで出会ったオスピタレラのお蔭で皆と歩いていく事を決意していた。
だからブルゴス辺りでの最高潮の疲労感やストレスの後も何とか軌道修正をした。

だけど神サエコはサンチャゴで言ってた。
「まさか本当に最後まで一緒に来てもらえると思わなかったよ。」
時々サエコさんのサンチャゴで抱き合った時の顔を思い出す。
マサナオさんの男泣きを思い出す。
BDさんがいつも記録にと、私達を撮っていたビデオを撮る姿を思い出す。
みんなの歩き姿を思い出す。

今は電車に乗ったっていいし、毎日重いバックパックを背負わなくったっていい。
今までは全てをシャンプーだけで洗っていたけど、今日はリンスも買っちゃった。

だけど、カミーノが恋しくて日記を書いた。
バックパックにつけたホタテ買も、ボロボロの靴も、しゃれっ気のない服も巡礼者の証。

あの時間は恋しいけど、もう二度と同じ出来事は起こらない。
例え今後同じメンバーに会えたとしても、あの時間に同じように戻ることはできないし、再現することはできない。

だから私はカミーノのこと、しっかり自分の中に閉まっておく。
新しい時間を、これからの時間を、道を大切にまた進んで行きたいと思う。
そして、これで私達の巡礼日記は終わりとしよう。

巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼51日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/07/04 ロミロミ

Santiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

全行程を終えて、サンティアゴ・デ・コンポステーラに戻り、大聖堂で二度目のミサに参加した。
本当にこれで全てが終わったんだなと思った。
達成感、満足感も大きいけど、明日からは矢印のない道を歩くことのさみしさ。

この道の魅力はなんだろう・・。

巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

巡礼が終わった時、本当の巡礼が始まる。

みんな実際に歩いているのは一本の同じ道。
だけど、みんないろんな瞬間で自分が決めた選択をしながら前に向かって道を歩いている、
時には道をそれる人もいたし、離れる人もいた。
そんな選択の積み重ねがカミーノ。一本の道になる。

ヤコブに詣でるという一つの目的を持って歩くけど、そこまでの理由もそれぞれ。
同じ道であっても、それぞれがそれぞれの道を歩いている、一つとして同じ道はない。
私は私の道を歩いたし、ゆきーたもゆきーたの道を歩いた。

目的地に向かって速く歩いていくのか、のんびり他の事をしながら歩いていくのか、
誰と歩くのかも自由。
背負う荷物の重さだって自分で決めたらいい。
私は荷物をもっと減らしたかったけど、最後までそれが出来ずにいた。
だけど、その荷物を背負って歩けるだけの身体になった。

自分に必要な物だけを選んで背負って、ただただひたすら歩いて、
出会う人々と触れあいながら目的地までいくというシンプルなもの。

こんなシンプルな事をする事の方が今は難しいのかもしれない。
またこの道をきっと懐かしく恋しく思うだろう。

今まで一緒に歩いてきたゆきーたを始め、道で会話をした巡礼者達、
日本で私を応援し、送り出してくれた方々に感謝します。

カミーノは辛くて、沢山考えたり、真っ白になったり、だけど楽しくて、きれいで、心に残る道です。

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼50日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/07/03 ロミロミ
Muxia(ムシア)→Santiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

7月2日に49日間に渡る、歩き巡礼が終わった。
サン・ジャン・ピエド・ポーからスタートした長い道のりは、フランス人の道を通り、
サンティアゴ・デ・コンポステーラで一旦踏破。
そしてまた新たな気分となり再出発、サンティアゴからフィステーラ、ムシアへと続いた。

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

ムシアに着いて、巡礼もこれで終わり。ムシアのカラフルな街並み

私はムシアに着いてからは一気に疲れが出て、今までで一番早い時間に寝たと思う。
フィステーラからムシアまでの道のりはとにかく辛く感じた。
最終日だとわかっているのに、頑張れない、足が前に進まない。
途中で車を見かければ「乗せて欲しいよ~」と思っていた。

サリアからの道で団体のスペイン人に出会い、道の途中で踊りをしたことや、
ワイワイ騒ぎながら歩いた事など遠い昔のよう。
フィステーラからムシアの道の巡礼者は道で会ってもとにかく静かだった。
ムシアは人も少ないせいか何だか、地の果てのイメージがフィステーラよりも強く感じた。
透き通るような海もあるというのに一人も海岸に居ない。
「死の海岸」と言われるように、海に近づいてしまえば、これで最後という雰囲気すらある。
ここが生と死の堺なのかと思わせられる。
大変な道のりだったけど、ムシアまで行ってよかった。
ムシアまで行って、この巡礼が終わったという気持ちの区切りがついた気がする。

ムシアの海に雲から現れた一筋の光が、神秘的で、ゆきーたに
「マリア様が降りて来たみたいだよ。」と私は言った。

ムシアは悩むヤコブの前に聖母マリアが小舟に乗って現れたという伝説の場所。
そんな話が頭にあったからか、長い巡礼を経てそんな気分にさせられている状態だったかわからないけど、
光を見てすごく満たされた気分になった。

“ヤコブのはしご”というものだったのかな。
雲が覆われた隙間から、黒い海に向けてさす光だった。
私は別にスピリチュアルを求めて来たわけでもなかったけど、
長い道のりはそれを感じずにはいられなかった。
カミーノは不思議な道。

フィステーラとムシアに分かれる道

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼47日目
@セエ

2014/06/30 ロミロミ

巡礼47日目

Cee(セエ)

今日は15㎞程歩くつもりだった。
朝は8時近くにアルベルゲを出た。周りを見渡しても巡礼者はいない。
空もどんより灰色。
サンティアゴ・デ・コンポステーラを出てからこんな日が続いている。

フィステーラとムシアに分かれる道

フィステーラとムシアに分かれる道

泊まる予定だった村に到着したけど、バルが一軒あるのみでアルベルゲはない。
ゆきーたと話し、次の地点のCee(セエ)まで行くことに決めたのが14時近く。
しかもそこから15㎞程、山道で何もないという。
そのせいかそこのバルはぼったくり価格。
トルティージャとも言えないような薄っぺら卵焼きみたいなものが4ユーロもした!
そんな時間から15㎞歩く決意、集中するしかない。
なんだか風景も綺麗と言える程でもない。
しかも途中から強い風が出て、雨まで降ってきた。
雨使用の衣類装着!
BDさんがサンティアゴ・デ・コンポステーラで別れる時にくれたポンチョは大活躍。
BDさん、毎日使ってるよ~。

サンチャゴからの道のりはカミーノを振り返るにはちょうどよかった。
巡礼者の数はぐっと減り、とにかく静か。
それに合わせるかのように天気まで悪い。
15㎞の長い道のりは、雨が降り続けたから少しの休憩もできなかった。
それに加えて、下り坂は石がゴロゴロで何度も足をくじきそうになったり滑ったり。
ここまで来て試練だ。
雨用帽子で前も見にくい。
それでも気づけば、左横から港が覗いた。
巡礼路上で初めての海!!
今日は二人とも頑張った31㎞の距離。
明日のフィステーラまでの道のりが短くなったから少し楽になったかな。

本当にあと少し。
もう少しでこの原始的な生活も終わり。
神夫婦は孫とスペイン観光をしているだろう。
BDさんはマドリードでついに韓国料理を食べたとメッセージが来た
(もうすぐ帰国なのに・・・)
うえちゃんはどこに行っちゃったんだろう・・。

みんなそれぞれにサンティアゴ・デ・コンポステーラ後の生活をしている。
今頃みんなどんな事を考えているのかなぁ。
少しは私達を思い出してくれてるのかな。

聖ヤコブの眠るサンティアゴ・デ・コンポステーラでの巡礼者ミサ

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼43日目
@サンティアゴ・デ・コンポステーラ

2014/06/26 ロミロミ

巡礼43日目

Ssntiago de compostela(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)

43日間かけて約800㎞の道のりを踏破!!!
朝7時にはアルベルゲを出発し、8時過ぎにはサンチャゴのカテドラルに到着。
巡礼事務所は既に開いていて、巡礼証明書を手に入れた。

聖ヤコブの眠るサンティアゴ・デ・コンポステーラでの巡礼者ミサ

聖ヤコブの眠るサンティアゴ・デ・コンポステーラでの巡礼者ミサ

昨日、離れ離れになってしまったうえちゃんとはそこで出会ったけど、
少し会話をしてそれで終わりになった。
最後にこんなことになってしまって残念で仕方ない。
私は和解した方がいいんじゃないかと思ってたけど、それまでの色んな思いがあってそうもいかなかった。
これも巡礼か・・・。

マサナオさんは一番平静に歩いていたと思っていたけど、サンチャゴに到着したら感極まって涙を流していた。
カテドラルに到着する道を歩いている時、急に私の中で水戸黄門の音楽が流れ始めた。
マサナオ、サエコさんとともに助さん、格さん役の私達が歩いてきた道。

カテドラルの前でサエコさんともハグをして喜んだ。
40日以上もあれば、それも24時間一緒にいれば、揉め事もよくあった。
ゆきーたもいつ黄色の矢印から離れてしまうかわからないし、
「もう離れるわ。」とゆきーたがいつ言ってもおかしくないような状況だったと思う。
私も歩きはじめの頃は疲れて、先が遠くて、
別に全部歩ききらなくったっていいんじゃないかという気持ちがすごくあった。
それでも何とかサンチャゴまで皆で到着できて本当によかった!
自分一人で辿り着いていたらこんな風には喜びあえなかったかもしれない。
今日のランチは神夫婦がパラドールに招待してくれた。

マサナオさんはこれまでのカミーノを振り返り涙した。
豪華な国営ホテルでのランチに似合わないサンジャンスタイル。
でもこれもサンチャゴなら問題ないでしょう。

マサナオさんとサエコさんは、
「私達は二人きりだったらここまで来れていなくって、きっと途中で日本に帰っていたと思います。」
と言っていた。
もし、私達がいなくても、それでも二人は強く前に進んでいたと思う。
きっと誰かしらが二人の事を手助けしたりして、なんとか前に進んでいったに違いない。
マサナオさんは「ワガママ言って、迷惑かけたこともありました。子供みたいな行動もしてしまってごめんな。」
と私達に謝っていた。
マサナオさんは頑固なことも多くて、でもずっと心の中で悪かったなと思いながらここまで来ていたのかもしれない。
私も疲れやイライラすることで二人に強く言ってしまったことも何度もあった。
ごめんなさい。
でもとにかく皆でゴール!!
重ねてきた時間は、とても思い出深いものになりました。

ゆきーたをはじめ、道で会ったみんな、一緒に歩いた人たち、日本で送り出してくれた人たち、
本当にありがとう。

サンチャゴまで残り4km!大聖堂の尖塔を初めて目にする場所

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼42日目
@モンテドゴソ

2014/06/25 ロミロミ

巡礼42日目

Monte do Gozo(モンテ・ド・ゴソ)

サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの道のりは、あと1日を残すのみとなった。
後ろを振り返れば、長く道が出来た。

サンチャゴまで残り4km!大聖堂の尖塔を初めて目にする場所

サンチャゴまで残り4km!大聖堂の尖塔を初めて目にする場所

歓喜の丘(Monte do Gozo)に登り、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の尖塔を見つけた時は
言葉にならない嬉しさとともに感極まった。
一緒に歩いた皆でカテドラルを見つけて喜んだ。まさに歓喜の丘!

「もうあと少しなんだー!」とやっと実感。
今まで色んなカテドラルを見てきたけど、これだけは思いの深さが違う。

あと少し、とはいっても最後まで何があるかわからない。
なぜなら一緒に歩いていたセレブのうえちゃんと昨日、ちょっとした事で揉め事になってしまった。
それからというものどうも私達と歯車が狂ってしまって。

遂に今日は違うアルベルゲに泊まる事になった。
もうあと少しなのに。
何でここまで来てこんなことになってしまうのか。

うえちゃんは「皆でサンチャゴに着いて抱き合いたいけ~!」って言ってたのに・・・。
明日はどうなるんだろう。

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼41日目
@オ・ペドロウソ

2014/06/24 ロミロミ

巡礼41日目

O pedrouzo(オ・ペドロウソ)

サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着まであと二日。
ここに来て疲れを感じる。
巡礼を始めて、毎日毎日宿を変えている。
これは私のとってストレスだ。

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

ガリシア州で楽しむプルポ(タコ)

いつもアルベルゲに着いたらバックパックの中身を殆ど出して、そして次の日の朝にはま全部また入れなおす。
なんだか落ち着かないなーと今更思ったり。
普通の観光旅行やリゾート地でゆっくりしたい気分。
それでも、もはや習慣というか、朝になると歩き出す。

残り数日を私はどうやって歩こうかと思った。
楽しく色んな人と会話しながら歩くのか、とにかく歩く事に集中して歩くのか・・・。
考えてみたけど答えは出なかったから、流れに身を任せることにした。

サリアからの道のりは団体の巡礼者が増えた。
身軽なバックパックでショートパンツを履いて、音楽を流しながら歩いてる。
同じ道を歩いていてもどうしてもサン・ジャンから歩いている人との温度差を感じてしまう。

今日も韓国人BDさんと歩いた。
BDさんはとにかく積極的に話しかけてるから、私もついでに色んな巡礼者の話を聞ける。
今日はパキスタン人と出会った。
彼女はムスリムだけど、このカトリックの道をただ歩きたいという理由で歩いているという。
真相はよくわからない。彼女はどうやらプエルトリコに住んでいて、以前はアメリカで医者として働いていたみたい。
プエルトリコの事、実はよく知らなかったけど彼女のアメリカに対する想いを聞いて、なんとなく理解した。
「何で日本人と韓国人が一緒に歩いているの?」
含みのある言葉だった。その後に続く話も英語だったけど言ってることは伝わってきた。
別にトゲがあるとは思わなかったけど、この場は私にとって曖昧な英語でよかったと思った。
実際は私が何かしたわけじゃないけど、責められてる気分になった。
あーやっぱり私は日本国民なんだって実感。

もし、彼女がパキスタンに住んでいたとしたらこの道に来れたのかな。
スペインの物価から考えても難しいものがあるんじゃないかと思う。
だって実際にこの道はお金がかかる。アルベルゲに泊まってバルで食事をしたらそれなりのものだ。

私の友達で毎日聖書を読む程、熱心なキリスト教の子がいる。
だけどアフリカ出身でヨーロッパに行くなどビザも簡単におりない、
おりても相当お金がかかるし、航空券なんて簡単に変えるものじゃないって言ってた。
そんな熱心なキリスト教信者がこの道を歩けずに、私みたいなのが歩いているのも変だなと思ったり。
そもそもそのアフリカ人の友達は、こんな原始的な生活をしたいなんて思わないだろうな。
近代的なものやコンピューターが大好きだから。
今日は色々考えさせられた。
なぜ私は敢えてこんな事をしているのだろう。
必要なだけの少ない荷物を背負って歩き、ひたすら山道や麦畑を歩く。
日が暮れれば寝て、明るくなれば歩き出す。
私はカミーノに来る前にこんなシンプルな生活に憧れていた。
忙しい毎日は朝日や夕日を見ることもなく、食事の時間もバラバラ。
身の回りは選ぶことも難しいくらい物で溢れて、入ってくる情報量も多い。

今はシャンプーひとつで髪も洗えば洗濯もする。
リンス使わないから長い髪もゴワゴワ。
せっかく開催されているワールドカップも満足に見る事はない。
消灯は22時にはやってくる。
それはそれでストレスもあって、疲れてくる。
私にとってどうする事が一番良いのかなぁ。
ヤコブの道だから、神とかそんなんを感じられたらいいけど、正直そんな感じでもない。
サンチャゴでどう思うのか。

今わかっている事は、この時間が終わると思うと何だか淋しい。
もちろん待ってる未来も楽しいだろう。
でも終わりが来る時は淋しい感じになるんだろうな。

アルベルゲ争奪戦!バックパックで順番待ち

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼34日目
@オ・セブレイロ

2014/06/17 ロミロミ

巡礼34日目

O cebreiro(オ・セブレイロ)

ガイドブックによるとフランス人の道の最後の難関とされているオ・セブレイロ峠。
上り坂が続くけど、それでも途中にバルがあったりして休みながら登った。

アルベルゲ争奪戦!バックパックで順番待ち

アルベルゲ争奪戦!バックパックで順番待ち

今思えばピレネー越えの時はバルもなかったし、一日で登りも下りもあったから、やっぱりあれは過酷だったんだよ!
今日もみんな別々にアルベルゲを出発したけど、途中でゆきーたに会い、そして神夫婦も合流。
4人一緒に巡礼路上の最後の州となるガリシア州に入った。
今日は出発から4時間かからずに到着。
ピレネー越えよりもすごく楽に感じた。今まで歩いてきたことで体力がついたのかな。
そうであって欲しいな。
多分10㎏はあると思われるバックパックの重さも気にならなくなってる。

ガリシアはプルポといわれるタコ料理が名物。みんなでガリシアに入ったら食べたいねって話してた。
魚介類も多い地方だ。早速オ・セブレイロに到着したらみんなでランチに出かけてプルポを堪能!
プリプリのタコ、おいし~い!!
村の中も散策。ガリシアは今までとは雰囲気が変わってケルト文化の雰囲気がある。また新しいスペインを発見した。
州によって国があると言われている理由がよくわかる。今まで自分が見てきたスペインとはまた違うのだ。
この村ではバグパイプを使った民族音楽も流れてきて、前に行ったスコットランドを思い出していた。
家の雰囲気も石作りのような感じ。

今日はこの峠の頂上の村に泊まる。でもアルベルゲは少ないからベッドは争奪戦!!
バックパックを置いて列を作ってアルベルゲのオープン待ちをする。
ここは雲海が見られる場所と言われている。
夕方、山の間に沈む太陽が空を一面ピンク色に変えて、どんどん紫色へと変化していった。
今夜はゆきーたは星を見たいって夜空を待っていた。
だけどスペインの今の季節はなかなか暗くならない。消灯時間だってまだ真っ暗にはならないから、
ゆきーたはずっと空が真っ暗になるのを待っていたね。

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼33日目
@ベガ・デ・バルカルセ

2014/06/16 ロミロミ
巡礼33日目

Vega de valcarce(ベガ・デ・バルカルセ)

ここ数日は韓国人BDさんと一緒に歩くことが多い。
BDさんは私の親くらいの年齢。
でもすごくアクティブでいろんな国の人に話しかけている(特に女の子w)

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り10日

英語もよく話せるし、少し日本語の単語も知っているし、本当にすごいなぁ。
英語でもたまにわからない単語が出てくると、歩いている途中で突然止まってはステッキで地面に
漢字を書いてくれたりして「あー!そういう意味か!」って理解してる。
おかげで目標の村までなかなか辿り着かなかったりして。
BDさんはきっと色んなことに興味があるんだと思う。

道で初め見かけた頃は少し話かけてもなんとなく笑顔も少ないし、
「韓国語では敬語が大切でね・・」なんて言い出すから、固いオヤジだとなぁ~思って、
ゆきーたにも「私は韓国人の友達が欲しいと思うけど、あの人とは仲良くなれそうもないね。怖そう」
なんて話してた。
でも今は固い人ってイメージは拭われて、物知りだし話してても楽しい。
一緒に歩いていても疲れることもなく居心地もいい。

アルベルゲやバルでもみんなで一緒に食事をすることが多くなった。
お隣の国だから、好みや考え方もやっぱり似ているところが沢山ある。
特に食事に関しては他のどの国の人よりも共感し合える。
一緒にスーパーのラーメンの袋を見つけては喜んで、一緒に食べてた。
それでも昨今の日韓の問題もあるから、そんな話題にもなるけど・・。
触れてもいいのかわからない話にまで発展することもある。
そういえばオスピタレロの岡本さんが「この道に来て歩き出すと、みんな裸になって話すんですよ。」
って言ってたっけ。

私達は今、本当に必要な物だけを背負って、裸になって話しているんだと思う。
だからそれなりに衝突することもあるんだけどね。
日本で過ごしてたら、コントロールできるようなことなのかもしれないけど、
みんな自分というものを出して、本音で話すことも多い。

今日ふと、サエコさんが「あと10日でサンチャゴに着くね。」と言った。
あと10日しかないのか、正直私はそう思った。
暑い中、寒い中歩くのも、水シャワーになったりすることも辛いけど、この道があと10日と思うと
さみしくて、まだ終わって欲しくはない。

鉄の十字架に願いを込めて石を置く

【巡礼日記 by ロミロミ】
巡礼30日目
@アセボ

2014/06/13 ロミロミ

巡礼30日目

Acebo(アセボ)

このところ天気が安定している。真っ青な綺麗な青空が続いているけど、気温は30度近くなって少し動くと暑い。
今までの朝のスタートはレインウエアを羽織っていたけど、最近はそれがなくても大丈夫。
今日からしばらく山道が続くと思われる。

鉄の十字架に願いを込めて石を置く

鉄の十字架に願いを込めて石を置く

それでもこれだけ歩いてきたから、ピレネー越えよりは気持ち的に楽になっている。
なだらかな山道が続いていた。
今は季節的に花が咲く時期。
道の両脇はお花に囲まれていい香り。
メセタでは音楽を聴くことも多かったけど、今日は山の風景や花々を見ているだけで大満足だった。
上り坂はとにかく暑くて仕方なかったけど、その辛さは忘れられる程に景色は素晴らしかった。

そして今日は遂に「鉄の十字架」に辿り着いた。
ここは巡礼者が願いを込めて十字架の下に石を置ていく場所。
私はスペインに来る前にモロッコで手に入れたサハラから来たラクダ型の石を置いた。

運んでいる間は重かったし、特に役にも立たない石をいつ捨てようかと何度も迷ったけども・・・。
この石はモロッコ旅行中に他の旅人がくれたもの。
なぜだかその石を受け取った時に、このラクダ石を鉄の十字架まで運ぶ!って思ったんだ。
ずっと私と一緒に旅してきた、そしてやっとここまで来たんだ!!
これからの残りの巡礼の無事を祈って、沢山の石の上にそっと置いた。
前日に会ったDavidとトニーも今日は一緒に歩いた。
彼らはレオンからスタートしているから、まだまだテンションも高い。
ドイツ人だからか、さすがのビール好きなDavidに乗せられて、道の途中で初めてビールを摂取。
みんなでワイワイ言いながら楽しい道になった。
Davidとトニーの会話を聞いてるとすごく新鮮な感じで、私達が歩いてきた30日間の長さを感じた。
彼らもこれから色んな感情の変化を感じていくんだろうな。